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  • はじめてのドボク
  • 第5回 「土木」で造るもの
  • 第4回 「土木」の計画から発注まで
  • 第3回 現場で学ぶ『土木』
  • 第2回 土木の歴史について
  • 第1回 はじめて知る土木の世界

 

第5回 「土木」で造るもの

瀬崎湧太 工事部(2014年入社)

はじめに

第5回目は【土木で造られているモノ】に触れてみたいと思います。第2回目記事を綴らせて頂いた、工事部の瀬崎が再び担当させて頂きます。この回では生活に密接したものに焦点を絞り、『河川』『道路』『橋梁』をテーマに簡単にご説明致します。最後までお付き合いお願い致します。

1)河川

国土に占める山林の面積が広い日本では、河川が居住空間と隣り合っているケースが非常に多く、水資源の活用(利水)と水害対策のためのコントロール(治水)は、古くから地政学的に重要視されてきました。そのため、河川環境を整備する土木工事には様々な技術および設備が編み出されています。

●護岸

堤防本体を保護する設備です。水の流れを受ける堤防斜面にブロックなどを敷き詰め、洗掘(水流によって岸部分が削り崩されること)や風化から堤防を守る役割を持ちます。河原で遊んだことのある方は堤防斜面にコンクリートや造りのパネルのようなものが規則正しく並んでいる光景を見たことはないでしょうか。それが保護の役目を果たしているのです。また護岸にはブロックだけでなく植生工などの工法を用いて植物で堤防を覆っているものもあります。

←写真の向こう岸の斜面部分が護岸です。
【下高野橋外3橋架替その他工事】(平成28年~30年)にて撮影。

●根固め

護岸基礎部の河床や堤防が水流で削られるのを防ぐために川底に設けられる保護設備です。

●樋門・樋管

河川からの取水または堤内地側からの排水のために使用される大きなゲート施設です。規模の大きいものを樋門、小さいものは樋管と呼ばれます。河原の堤防上で時折大きな鉄製のシャッター式ゲートを見かけた方もおられると思いますが、それもこの設備の一種になります。

←堤防にゲートを据えた簡易なものから
 櫓を組んだ規模の大きなものまで様々です。

 

●水制工

水流を堤防付近から川の中心へ誘導し、堤防(護岸)への水流侵食を防ぐ役目を持つ構造物です。幅の広い河川で見られます。構築に使用される材料は石製ブロックから蛇籠(鉄線等で編んだ直方体の籠に石を詰めたもの)など様々です(環境面から自然素材のものを用いるケースが多く見られます)。

←水制工イメージ図。
 水の流れを堤防から川の中央へ誘導しています。

上記以外にも河川には様々な利水・治水設備が備えられていますが、堤防を保護する護岸…その護岸の消耗を低減するための水制工など、基本は構造物を長持ちさせる工夫が幾重にも施されています。

2)道路

歴史の深い河川工事とは対照的に、日本でまともな舗装道路が整備されるようになったのは戦後の高度経済成長期からでした。舗装道路はアスファルト舗装とコンクリート舗装の二つに大別できます。
どちらにしても地面にアスファルトやコンクリートの層をそのまま敷いているのではなく、いくつもの層から構成されています。舗装は車両等の重量による負荷を不均一に受けやすいため、舗装全体の荷重負荷にバラツキが出ないよう、多層に分けて分散させるという仕組みがなされているのです。
材料にはアスファルト混合物やコンクリートをはじめ、土や砕石、各層同士を馴染ませたり滑りを防止するための乳剤などが使用されています。

●アスファルト舗装
舗装道路の大半はアスファルト舗装です。施工性と車両の走行性が良く経済性に優れています。一方でひび割れなどが発生しやすく、その都度、交通規制の伴う修繕工事が必要となります。
普及率の高さから場所や用途に則した様々なアスファルト舗装が存在しており、防水性を高め舗装中または舗装下の鋼材を雨水等から守るグースアスファルト舗装(橋梁の道路でよく使われます)、荷重負荷に対する変形抵抗や耐油性に優れ、視認しやすい色合いからバスターミナルや交差点等で利用される半たわみ舗装、高い保水性を持ちその水分が蒸発したときの気化熱により舗装の温度上昇を抑える保水性舗装などがあります。

●コンクリート舗装
こちらは耐久性でアスファルト舗装に勝り、長持ちさせやすいという特徴があります。反面コストが高く、また表層に使用するコンクリートの硬化に時間がかかるなど、施工の手間も増えます。耐久性の高さから修繕工事の回数を極力減らすことができる利点を生かし、トンネル等といった補修のための交通規制が困難な道路に使用されます。

3)橋梁

流通の要ともいえる橋づくりもまた土木における重要な仕事です。道路、鉄道、水路などの輸送路で河川や渓谷、海峡などを横断するために作られる構造物を総称して橋梁といいます。工事も大規模になりやすい上に独自の施工技術も多く、また景観においても重視されるため、ある意味では土木の花形とも言えます。
下図は橋梁の簡易図となります。

●下部工

橋桁を掛けるための土台部分を構築する工程です。地盤に基礎杭(支持杭)を設けそれを基礎に橋台や橋脚を建てていきます。橋は険しい地山や河川、海峡を跨いで掛けられるケースも多いため、そういった場所にこれらの土台を造るには多大な時間と労力、そして高度な施工技術が求められます。

←高架道路の橋脚です。
 高低差の激しい山間等では高さ50mを超えることもあります。 【舞鶴若狭自動車道 野代高架橋( 下部工) 工事】
(平成19年~21年)にて撮影

●上部工

下部工で建てた橋脚・橋台に橋梁を架ける工程です。小さな橋梁であれば橋桁をクレーンで吊り下げて設置しますが、大型の場合は橋台から左右に向かって橋を構築しながら伸ばしていくという工程などで進められます(勿論その他の施工方法もあります)。いずれにせよ施工技術の特殊性が強く、上部工を手掛けることのできる施工業者は下部工よりも限られてきます。

 ↑橋台・橋脚に橋梁(橋桁)を架ける一連の作業が上部工となります。
 【阪和自動車道 有田川橋(下部工)工事】(平成17年~20年)にて撮影。

終わりに

普段外で目にしているライフラインや道はすべて土木技術によって成り立っています。近年では南海トラフ巨大地震など震災に向け従来の構造物等の強化が図られており、それにまつわる新技術も日々編み出されています。
今回は河川、道路、橋梁と生活で身近に目にするものを取り上げ簡単ご説明させて頂きました。この記事を機に一度散歩や車のドライブなどの道中で土木技術がつぎ込まれているものを探してみるのも一興かと思います。予備知識をもって観察すれば当たり前のように見ている橋や道路も見え方が変わるはずです。

第4回 「土木」の計画から発注まで

富永祐多 工事部(2017年入社)

はじめに

はじめてのドボク第4回担当します工事部の富永です。今回は工事が開始される前までのお話しです。
土木工事のほとんどは国民の税金を使って行う公共事業です。「ムダ無く・早く・安全な」工事を行うため、充分な計画と公平な入札を経て、工事が始まります。

工事を行う3つの組織と役割

工事は建設会社だけで行っているのではありません。主に3つの組織がそれぞれ協力して一つの工事を進めていきます。

土木の計画から発注まで

工事の計画から発注までは以下のように進んでいきます。

①事業計画 行う人:「発注者(国・自治体)」
工事の大まかな計画を決定します。新しい道路を作りたい、老朽化した橋を直したい等、要望は様々にありますが、全てを叶えるには膨大なお金と時間が必要となります。「発注者」はそれぞれの重要度を考え、予算の範囲内で効率よく工事を行うために、どの工事をどの規模で行うのかを決めます。

②測量・設計 行う人:「設計コンサルタント」
事業計画が出来ると、「発注者」は「設計コンサルタント」に工事を安全かつ経済的に造り上げる為の設計を発注します。
「設計コンサルタント」は、まず現場を正確に把握する為に、測量を行って現況を把握します。
測量結果をもとに、実際にどのような工事を行うかの詳細な計画書や構造上の問題がないかの検討書等の資料を作成します。

③積算 行う人:「建設会社」「設計コンサルタント」
積算とは、工事にいくらお金がかかるかを計算することです。コンクリート等の材料費、働く人たちの人件費、工事に使う重機の使用費など、工事にかかる全てのお金を計算して、工事価格を決定します。
私たち久本組にも積算課があります。ヘルメットをかぶり外に出て仕事をする、よくイメージされる現場監督と違い、主に室内で積算をしたり施工業者と打合せを行ったりします。

④入札・発注 行う人:「発注者」
各建設会社が積算して作成した工事価格で入札を行い、一番価格が低かった建設会社がその工事を落札します。ただし、あまりに低い価格で落札されると、手抜き工事をしたり、働く人の賃金が確保されないことが考えられるので、多くの工事では発注者により最低落札価格が決定されており、それより下回ると失格となります。
とりあえず低い価格で入札をすればいいわけではなく、正確な積算を行って、最低落札価格を予想する必要があるのです。

⑤工事開始 行う人:「建設会社」
ようやく工事を行う建設会社が決まり、工事が始まります。
工事が始まったあとも建設会社だけでなく、「発注者」、「建設コンサルタント」の三者が協力しながら工事を進めていきます。

おわりに

ご覧いただいたように、全ての工事は多くの調査と検討がなされた後に開始されます。自宅や通勤先の近くで行われている一見無駄に見える工事も、それぞれの立場の人が「ムダ無く・早く・安全な」工事を目指して実施しています。
ダークなイメージが一部にある建設業界ですが、業界で働く一技術者の私見としては、公平でクリーンな業界であると思っております。

第3回 現場で学ぶ『土木』

岡林広陽 総務部(2014年入社)

はじめに

はじめてのドボクシリーズの第3回記事を担当します岡林です。私は普通科の高校を卒業し、これまで土木に全く関わりがありませんでしたが、縁があり久本組に入社することとなり、現在入社4年目になります。
入社時は工事部積算課に所属し、その後現場配属となり、現在は総務部に所属しております。
私からは「工事現場で学ぶ土木」をテーマとさせて頂きます。今回は土木工事の一般的な共通知識を学ぶということで、『土質調査』と『土工』の2つをご紹介したいと思います。
まだまだ半人前の私ですが、少しでも土木工事について理解して興味を持って頂ければ幸いです。まずは土質調査から・・

土質調査とは

土木工事やその他の工事を問わず、土の上に構造物は構築されており、土はその構造物の基礎となります。また道路や色々な構造物を作る際には材料としても用いられ、土の性質を調べることは計画(設計)、実行(施工)において非常に重要なことです。土も色々な種類があり、工事場所での土が砂(砂質)なのか、粘土(粘土質)なのか、軟らかいのか、硬いのか。水を通すのか等その種類による特性で建設方法は大きく変わります。
そのため、安全であり経済的でもある最善方法を選択検討する資料として事前に調査や試験を行う必要があります。
土質試験の代表的な例として、コーン指数は土工機械の走行に耐えうる土の能力を判断したり、どのような用途に使用可能かを判断する基準値となります。N値は土の硬さや締まり具合など色々な特性を判断基準値として使用します。
※土質試験の例

土工とは

土工という言葉を耳にした人は少ないと思いますが、土工とは土を掘り、運び、盛り、固める等の作業を示します。規模が大きくなれば大型重機(バックホウ、ダンブトラック、ブルドーザー)等を使用して前述の作業を行います。
第1項でご紹介しました土質調査を行い、その性質を調べ、適合を確認出来た場合は作業を行うのですが、土は体積変化をします。その変化も大きく工事に係るため管理する必要があり、今回はその土の変化率について説明致します。
体積が変化するというのは、地山(自然に堆積していき自重により締まった状態の土)を掘り崩したとき(ほぐす)には締まったものが空気を含み、緩むため体積は大きくなり、土を叩いたり、重機械で押しつぶしたりして固くしたとき(締固め)体積が小さくなる。土の体積が変化するということです。
わかりやすく言いますと、土をほぐして手のひらに乗せた状態とギュッと握った状態では体積が小さく変化します。
土をどう利用するか工事計画には土量配分が不可欠であり、この土量の変化率をあらかじめ推定することが必要となります。
※土の性質(砂質、粘性、礫まじり)によって土の変化率は異なります。

また土工機械が軟らかい土の上を走行する場合、土質や含水比(水の含み具合を示す比率)によって作業状況は大きく変わります。特に含水比が高い場合(水を多く含んだ場合)は足元がぬかるみとなるため作業性が悪くなり、その状況に見合った土工機械を選定する必要があります。そのため第1項で説明しました土質試験(コーン指数)が必要になります。

おわりに

今回は「土質調査」と「土工」を絡めてほんの一部だけご紹介させていただきました。少しでも思い描いて頂ければ幸いです。私自身未熟で知識も少ないですが、1つの作業を行うときも緻密に計算され工事が行われております。普段何気なく利用している道路、橋、ライフラインは建設業がなければ成り立ちません。大きな都市のお医者さんの役割と思います。
最後に私含め、久本組は「感謝、貢献、感動」の3Kの定着を目指しておりますので興味のある方はどしどし連絡下さい。

第2回 土木の歴史について

瀬崎湧太 工事部(2014年入社)

第2回の記事は2014年入社で3年目の工事部の瀬崎(せざき)が担当させて頂きます。学生時代は工事(土木)に全く縁がなく、入社3年目に至る現在でもまだまだ勉強中の身ではありますがどうかお付き合い下さい。

人類の文明とともに生まれた土木

前回は土木の概略を説明しましたので肝となる土木の技術面へ突入…といきたいところですが、その前に土木により馴染んで頂くためにも第2回では土木の歴史について簡潔に触れておきたいと思います。
土木の歴史はきわめて古く、人類が共同生活を営み始めた紀元前5000年前にまで遡るとされています。居住空間から権力誇示や防衛のための建造物に至るまで、あらゆる面で土木はその役割を果たしてきました。歴史に名を残す“土木工事”といえば、ピラミッドや万里の長城、仁徳天皇陵などが挙げられますが、この記事では日本国内で土木に関わった歴史的人物数名を例に絞り綴らせて頂きます。
※人物名は【】で囲っています

△左からピラミッド、万里の長城、仁徳天皇陵(画像中の中央上の古墳)になります。
これらが建てられた当時は高性能な重機や工具もまだ登場していませんでした。

僧侶たちの足跡

少し意外かもしれませんが、仏教伝道で全国を行脚していた多くの僧侶たちは土木にも携わっていました。旅の途中で目の当たりにした、生活の困窮にあえぐ人々を救済しようと中国伝来の土木技術を駆使し道路や橋などの建設・改修にも注力していたのです。
例えば奈良時代に近畿中心に活動していた僧侶の【行基】は、貧民対策や洪水対策施設、かんがい用貯池などの社会事業を行っていました。その功績は現在でもそのままの形でダム等に利用されています。日本最古のダム式貯水池の狭山池(大阪府狭山市)も行基によるものです。
真言宗の開祖であり弘法大師の名でよく知られる【空海】は、故郷である讃岐(香川県善通寺市)の農民救済のためいくつかの施設の改修に努めました。日本最大のため池である「満濃池」(香川県仲多度郡まんのう町)や後の神戸港となる「大輪田泊」の改修にも関わっています。

戦国武将と土木の関わり

【武田信玄】や【加藤清正】など名だたる戦国時代の武将たちもまた土木と深い関わりがあります。
全国で熾烈な領地争いが繰り広げられていた戦国時代において災害による領地の弱体化は統治者の武将にとって避けねばならず、土木による災害対策はまさに最重要課題でした。中でも洪水等による水害は日本の地理的要因もあって頻度も多く大きな被害を出していました。そのため人々の生活基盤を整え統治するには、水のコントロール、いわば“治水”が要とされ、治水なしに統治者とは呼べないともいわれる程でした。
武田信玄は長野・山梨・静岡の三県を流れその急流さから洪水を起こしていた富士川で堤防群を築き洪水のリスクを大幅に減らすことに成功しました。その堤防は「信玄堤(しんげんつつみ)」と呼ばれほとんどその姿のまま現存しています。また加藤清正は“土木の神”とも呼ばれ、河川改修や新田開発で自ら陣頭指揮をとっていました。土砂の堆積を防ぐ排砂促進水路の「鼻ぐり井出(はなぐりいで)」や「轡塘(くつわども)」などの当時としては画期的な治水技法を編み出しています。

△信玄堤:堤防付近に見られる組木のようなもの(画像の中央)は「聖牛」と呼ばれるもので、川岸付近に設置することで砂利などを留め川の流れを減衰させる役目があったようです。 △鼻ぐり井出を設けた水路(イメージ図):茶色の図が“鼻ぐり井出”になります。緑の矢印は水の流れ、黄色矢印は水中の堆積土砂の動きになります。鼻ぐり井出にくり貫かれた狭い穴を通る際に水の流れが速くなり、また鼻ぐり井出本体にぶつかった水流は縦に渦巻くため、それらの影響で底の土砂が巻き上げられ加速した水流に乗ることで、堆積土砂の排出が促されるという仕組みになっています。

△轡塘のイメージ図:緑の矢印は川の流れです。二つの川(本川と支川)の合流部に拡幅した部分を設け、両端の岸と堤防(“霞堤”と呼ばれる)で囲まれた遊水池のスペースを確保しています。これによって合流した川の流れが遊水池にも貯まり込み流れの勢いを和らげることができます。主に洪水対策で行われたものです。

近代の土木

近代に差しかかると海外との交流がより盛んになり、日本の土木分野では先進国からの外国人技術者が活躍することも多くなりましたが、国内の技術者たちも負けずと奮闘していました。鉄道やトンネル工事の発展に寄与した【田辺朔郎(たなべさくろう)】や、世界初の海底トンネル工事を完成させた【釘宮磐(くぎみやいわお)】、佐久間ダム工事を短い工期で完遂させた【永田年(ながたすすむ)】、などなど多くの名技術者たちがその腕を発揮していました。その中には今存在している多くのゼネコンの創業者たちもいました。
また第二次世界大戦が終結し高度経済成長期に差しかかった日本では、ワトキンス・レポートの評価を契機に道路整備が急速に進められていき、加えて様々な大型プロジェクトも実施されました。高速鉄道の先駆けであり日本新幹線の始まりとなった“東海道新幹線”(1964年開通)、1964年の東京オリンピックを機に建設された自動車による交通の利便性を高めるための“名神高速道路”(1965年開通)や“東名高速道路”(1969年開通)、香川県出身の政治家【大久保諶之丞(おおくぼじんのじょう)】が架橋を提唱した総工費1兆円にも達する“瀬戸大橋”(1988年竣工)、東京湾と横浜湾を結ぶ港湾物流の生命線“横浜ベイブリッジ”(1989年開通)などが挙げられます。この現在の日本の大動脈といえる主要交通手段は戦後の経済発展と絡み合う形で設けられていきました。

※ワトキンス・レポート:1956年8月8日にアメリカのラルフ・J・ワトキンス率いるワトキンス調査団(世界銀行より派遣)が来日し日本の道路事情を調査した結果をまとめた報告書のことです。その内容では日本の道路状況は劣悪で工業国でこれほど道路網を軽視した国はないと厳しく評されており、日本の道路整備が抜本的に進められるきっかけとなりました。

現場で働く職人たち

土木工事においては優れた技を駆使して働く職人たちの歴史にも触れておかなければなりません。地震国日本において頑強な石垣や城壁が残っているのは巧みな技術を持つ石工集団がいてこそでした。中でも近世よりいくつかの職人の家々から成る“穴太衆(あのうしゅう)”と呼ばれる石工集団は、全国の城郭の80%近くを造り上げています。職人家のひとつ粟田家の13代目の【粟田万喜三(あわたまきぞう)】は後世にその技術を伝えるべく石積みを日本文化に位置づけました。しかし現在その技術を継承しているのは14代目の粟田家のみとなっています(諸説あり)。
また安全に重きを置いた職人もいました。造船工場の臨時工として働いていた【小野辰雄(おのたつお)】は、職人たちの墜落事故を目の当たりにし安全な足場作りを目指すようになりました。自ら会社を興し安全性の高い足場の生産にこぎつけ、また職人教育の一環として「職人大学構想」を企画、2001年にはプロ養成のための「ものつくり大学」設立にも着手しました。

己の技術の研鑽に励み目覚しい活躍を遂げる職人たちでしたが施工時は幾多もの困難に見舞われ、時には殉職者を出すことも決して珍しくはありません。今でも語り草として有名な土木工事といえば1963年に竣工した「黒部第四発電所」通称クロヨンダム(富山県中新川郡立山町)が挙げられます。1968年に公開された石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」を鑑賞してダム建設に従事する職人たちの苦難をスクリーン越しに肌で感じた方も多いのではないでしょうか。高さにして186m、最大水量2億トンもの貯水能力を有し、今の金額で施工費が約2200億円に及ぶクロヨンダムは7年の歳月と1000万人近くになる職人(うち171名が殉職)を動員し完成しました。
黒部川の水環境は水力発電にとって絶好の条件を備えていましたが、同時に険しい地形をもち、長年人の手が入るのを拒んでいました。車による通行もできず、狭く険しい山のなか重い資材や工具を抱えて職人たちは何度も建設現場を行き来していたのです。そこでダムの早期完成のためダムへの連絡通路となる大町トンネル(関電トンネル)が先行して施工されたのですがここが映画でも取り上げられた最大の難工事でした。トンネルを掘り進む中1691m地点にて “破砕帯(岩盤が細かく割れた軟弱地層)”に当りトンネル先が崩壊して摂氏4°の冷たい大量の水が噴き出し、工事は困難を極めました。この全長80mにも及ぶ破砕帯を7ヶ月にわたる悪戦苦闘のすえ突破し、職人たちは大町トンネル(全長5.4km)を貫通しダム完成の糸口をつかんだのです。

△左は黒部ダム本体です。大自然に囲まれた景観は見事なものですが、それは施工の困難さの裏返しでもありました。右は現在の大町トンネルの様子です。トンネル内ではトロリーバスが走っています。

終わりに

以上で簡単に説明させて頂きましたが、土木の歴史はまだまだ奥深く、当然それに関わった歴史上人物もこの記事で挙げた人物以外に大勢います。
これまで起きた様々な災害への教訓、そして巨大地震の発生や温暖化による異常気象などへの備えから土木の役割はますますその重要性を増しており、土木技術も未来に向けて日々進歩しています。
しかし今日の高度な土木技術のすべては大昔から先人たちが築き上げたノウハウがその源となっています。前述した武田信玄の“信玄堤”は河川土木工事の基本ともされてきました。
土木史を紐解いてみれば学校で当たり前のごとく習うような歴史とも密接に絡み合っていることが分かります。今の土木についてもそのルーツを辿ることでより理解を深めることが出来ると思います。そういった意味でも第2回では土木について歴史からアプローチしました。
この記事を機に土木への興味がさらに増していただければ幸いです。

第1回 はじめて知る土木の世界

倉岡雄基 工事部(2014年入社)

今回、私を含め土木工事の経験が浅い若手社員3名が土木の専門書を読み、諸先輩方の成功談・失敗談を聞き、感じたことや疑問に思うこと、私たちがこれから経験を積み、土木の世界を担うときにどのような知識・技術が必要なのかを綴っていきたいと思います。全9回のシリーズで掲載を予定しています。社会人成り立ての方、自分のやりたい仕事を探しているという方が少しでも土木という世界に興味を持ち、世の中の役に立つ(公共性)仕事としてご理解していただければ幸いです。

はじめに

今回は私、2014年入社、3年目の工事積算兼事務をしております倉岡(くらおか)が案内いたします。まずは簡単な自己紹介から、私は高校時代、工業高校で電子制御専科を専攻しておりました。卒業後も他業種に勤め、土木には携わっていませんでしたが、縁があり3年前から久本組に勤めております。では私にとって工事とは・・・又、土木が具体的に何なのか、建築との違いはどういったところなのか、分かりません。入社して3年となりますが“土木が少しでも解ってきたか?”と問われると、知らないことだらけです。素人と変わらないそんな私の目線ですが、“土木”について理解していただける様に紹介出来たらと思います。

1.土木とは

土木とは道路・橋梁・トンネル・鉄道(日常の交通手段や緊急時の交通路)・河川・ダム(災害時の氾濫防止や飲料水等の貯留)・水道・下水道(ライフライン)・港湾(海外との貿易のための大型船舶の輸送を可能にする港や航路)をつくることが目的です。入社当時の私は家やビルなどの建築物をつくることも違いがわかりませんでした。これらは「建築」といい「土木」とは区別されています。正に漢字が示している様に「建築」は建物を築く、「土木」は土や木などの土台を示しています。

2.土木の役割とは

建築は前述の様に生活空間なので直接暮らしに影響するため、身近に感じるものと思われます。では土木とはどの様なものかというと私たちが生きていくために必要なものであり、暮らしを安定させ、生活の基盤となるものとなります。簡単にいうと「道路」が無ければ物資は運べませんし、建築物をつくるのも道路が無いと出来ません。「水道」が無いと飲水が確保出来ず、「下水道」が無いと病原菌や感染症等が蔓延する可能性があります。「河川、ダム」が無いと人工的な抑制管理が出来ず、災害が発生しやすくなります。つまり、土木無しでは生活基盤は成り立ちません。その基礎となる土木を固めなければ始まらないのです。土木とは人間の生活環境を創造する発進点です。
では当社で施工したその土木の一例をご紹介します。

写真①は、大阪市発注工事で【下高野橋架替工事-4】という工事で既に完成しています。この事業は十数年掛けて行われており、事業内容は古い橋を撤去して橋を新しくするものです。その事業の一環で今回工事内容は古い橋を撤去するというものです。これも土木工事の1つなのです。

写真②は、大阪府発注工事で【大和川下流流域下水道今池水みらいセンター水処理施設(3-2系)築造工事その2】という工事でこちらも既に完成しています。この事業も十数年と言われており、その事業の一環で、下水処理場において最初沈殿池という最初にゴミや砂を取り除くための施設で地下に鉄筋コンクリートの構造物を構築しました。

3.公共工事とは

国や地方自治体などが道路や橋など構造物の整備を行うことが建設工事です。その目的は私たちの暮らしを安定させるためのものであり、1度つくるとそれで終わりではなく、何年か経過すると劣化するため、維持補修を行ったり、古くなり使用出来ないものを取壊し、再度新しいものをつくったりと生活に密着しているもので土木の世界は永遠に続くものだと感じました。そんな永遠に続くと言われている土木に「壮大なスケール」を感じ、そんな仕事に携われると思うと単純に「凄い」と実感しました。

4.おわりに

今回は第1回目ということで、言葉足らずの説明ですみません。少しでも土木の世界に興味をもっていただき、社会環境を創造するという大きなテーマを持ってこの世界に飛び込み、一緒に働きたいと思っていただければ嬉しいです。

 
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